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いっとくけど感謝の押しつけは全く感謝じゃない

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どうも、キャリアプランナーの超高卒ハルキです。

 

 

今日は、感謝とは?

 

について考えていきます。

コミュニケーションの基本である、対人関係をより良くする考えが『感謝』だと思います。

人は認められたい生き物です。

 

皆さんは、物心ついたときから、人に何かしてもらったら『ありがとう』をいいなさい。

と、親に教わったのではないでしょうか?

 

大人になったいま、あの時親が言っていたことは正しかったのか疑問に思ったので書いていきます。

 

それでは、キャリアーップ!

 

感謝の意味

 

感謝とは、

『ありがたいと思う気持ちを表すこと』です。

 

つまり、自分が何かに対して「ありがたい」と思った時に起きる行動です。

 

この行動ですが、多くの人は『言葉』を使います。

 

そして、『ありがたい』ことをしてもらったお返しの言葉として、

『ありがとう』があります。

 

『ありがとう』を多用しすぎると相手からも感謝を求める

『ありがとう』は非常に便利な言葉です。

自分が相手に感謝していることを明確に伝えられるからです。

しかし、この言葉は、物心ついたときから使用しすぎて、日常化しています。

 

何かあるごとに、『ありがとう。』

思ってもいないのに、『ありがとう。』

 

こうして、多くの人は『ありがとう』を空気のように吸っては吐いている気がします。

 

そして、恐ろしいのが、『ありがとう』の使い過ぎで相手にも強要しだす人です。

 

自分がそれが感謝されるべきことだと思って、相手に期待します。

しかし、相手から『ありがとう』が返ってこないと不愉快になります。

なぜなら、その人にとって、

『ありがとう』は空気そのものだから。

だから、納得がいきません。

受けて側がそれを感謝していないのに、感謝しなきゃいけない。

そんなの、感謝でもなんでもない。

 

感謝を求める人の自己満足なだけ。

 

そこまでして、相手に感謝を求めるのはおかしいだろう。

本来は、感謝とは人の心が動いたら自然に口から溢れる言葉のはずだ。

それは、自分が人の心を動かすことができない能力の無さだと気付いて欲しい。

 

だから私は、『感謝しなければいけない風潮』は、好きではない。

 

『ありがとう』の反対は『当たり前』

 

僕は、日本で生まれて日本で育った。

幸い、今までの人生で飢餓で苦しんだり、夜道にリンチにあったことはない。

学校もしっかり高校まで卒業できた。

就職も正社員として働けている。

 

これは、

感謝すべきことだ。

 

僕たちは、日本という他の途上国に比べて裕福な国に生まれた。

それは、生きていく上で大多数の人は困らない。

 

明日、食事ができるのか?

 

これを悩む人は少ないはずだ。

しかし、途上国の中では、このことで1日考えて終わる人もいる。

今日1日の食事を確保できれば、

このことで困る人は『感謝』をする。

 

僕たちは、いつの間にか、日常の当たり前が『感謝』を奪ってきたのかもしれない。

 

水道を捻れば、水が飲める。

着る服がある。

毎日3食食べれる。

テレビで情報が入る。

親が存在している。

友達がいる。

 

これは、『当たり前』かもしれないが、私は『感謝』すべきことだと思う。

 

人は、物事が自分にとって当たり前になると、それに対しての感謝をやめる。

 

感謝をしなくなった人間が増えれば、人々の争いが増える。

平和という言葉は遠のくと思う。

 

だから、

 

『当たり前』なんて言葉を口にするな。

『ありがとう』を言うんだ。

 

心からそう言える人間になるには、日々の細々とした物事に意識を向けてみてはどうだろうか。

 

 

まとめ

 

感謝は、しないといけないことではなく、自然にしてしまうものだ。

ビジネスマナーやお世辞での感謝は確かに処世術としては大事だ。

 

しかし、

もっと大事なのは自分に正直に生きることだ。

そして、

『当たり前』を『ありがとう』と言える素直な心だ。

 

そういう人が増えれば、人間関係で困る人は減ると思う。

前向きに生きれると思う。

 

では、また。

 

This is your life.

And my life.

 

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