ハルはるcAreer。

キャリログ。

埼玉から高卒社会人の脱力キャリアを実践

「すべての教育は洗脳である」洗脳から脱することが大事な理由

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 どうも、脱力キャリアブロガーのハルはる@cccconstancy)です。

 夜のスタバにいるのですが、明らかな中学生が沢山たむろしてフラペチーノ啜って歴史の問題出しあってる、可愛い。

遂に義務教育もスタバまで浸透してるなんて、時代は変わったなぁと感慨にふけってます。

そして突如、高畑充希に似た美女がキャラメルフラペチーノを片手に、

「隣いいですか?」とでも言われたら10年くらいは人生頑張れるので、早く現れて頂きたい。

 

さて、今日は堀江貴文さん著の、

「すべての教育は洗脳である 〜21世紀の脱・学校論〜」を呼んだので書評を脱力して書きます。

ソフトオンデマンドを見ながら脱力してブログを更新します。

 

↓本日の紹介する本

すべての教育は「洗脳」である?21世紀の脱・学校論? (光文社新書)

すべての教育は「洗脳」である?21世紀の脱・学校論? (光文社新書)

 

 

教育=洗脳 の考えはとんでもねぇ極論だから好きだ

学校は国策「洗脳期間」である

国家が国民に求める「務め」は、大きく3つある。

兵士として戦うこと、出産すること、そして納税だ。

国民から、「国家なんてどうでもいいから戦いたくない」「子どもを産まずに自由な人生を送りたい」なんてことを言われたら国家は困ってしまう。だからこそ、「国民としての意識」、つまりナショナリズムを強く持った従順な人間を国家は求める。

そして学校は、国民のナショナリズムを育むための恰好の教育期間だった。

「すべての教育は洗脳である」より一部抜粋

 

学校で教えてくれることは、 規則が厳しいことばかりだったなぁ。

遅刻厳禁、身なりを整え、道徳という名の謎の教えを説かれてた。

あっ、社会人になった現在も。

そして社会に出て学校で学んだことを使う場面の少なさに、23歳となったいま何のためにあんなに学校に行ったのか。頭の中は?でいっぱいだ。

学んだことが100%役に立たなかった訳ではないが、

僕の感覚だと降水確率30%に持ってる傘くらい役立てることができなかった。

能力不足の自分が恥ずかしいよ、島田先生(高校時代の担任)。。

 

で、話を本筋に戻すと、学校が教えてくれることは日本国で日本国民の義務をしっかり全うできるように育成していく教育機関だったのだ。

僕は最近本気で知ったんだけど、日本は太平洋戦争でアメリカに敗れてから、国の再建のために国民が団結して経済を立て直したみたいだ。

その後見事に経済を立て直し、高度経済成長(バブル)という20〜30年前にかつてない好景気がやってきた。生まれてねぇ…。

その時は国の言うとおりにしていれば、確かな将来は保証されていたらしい。

銀行に預金すれば年利6%(いまは年利0.01%)だし、ローンは簡単に組めて土地まで高騰してたから、買う家に払うお金以上のリターンがあったとか。

僕も世間の40〜50代の大人はそこそこ結婚して家を持ってて、貯蓄もそれなりにある人を多く見たけど、そんな好景気のビックウェーブに乗れたからなのかと、ハンケチを噛み千切りたい気分だ。

 

そんなこんなで、昔から絶対的な教育方針は、「国の言うとおりにすれば幸せになれる」という幸福論の元で成り立っていた。

それが洗脳レベルで日本を覆いつくしており、いまもなお、その文化が健在しているわけだ。

 

ここで重要なのは、いまは時代が変化していて昔のように国民が一致団結しなくても、個々の生き方を選択できる自由があるという点だ。

みんなが右見て右をしなくても、ITの成長やグローバル化が進んだことによって、色んな人生の歩み方が増えた。

だから自分が絶対的に幸福になれる方法は一昔前に比べて格段に増え、むしろ過去の手段では幸せになれない人が増えるはずだ。

その理由は個人の欲求レベルが高度に上がっており、モノ消費からコト消費と言われるように、価値観が大きく変化しているからだ。

昔は家や車などのモノを持っていることが人々の幸せに大きな影響を与えた。

現代は溢れかえったモノの中から選択する自由が増え、モノに困らなくなった。

その結果、自分の人生の中で「経験や体験」といった、思い出となるライフイベントを沢山つくりたい欲求が高まっている。

 

人が生きる上で欲することが変化しているのに、学校が教えてくれることは変化していない。

時代に教育が追いついていないのだ。教育が一貫して国を成長させるためのキャリアプランを国民に押し付けている。

だから、その洗脳から解き放つ必要があるんだと、堀江さんは言いたいんだと思う。

 

そんなことを読み、僕は学校教育は絶対最強と声を高らかに反論できないけど、

信じる拠り所がない以上は学校教育に依存する人は依存していいし、

堀江さんに賛同する人は学校なんて早く辞めて社会に飛び出せばいい。

 

生き方に絶対がないから、自分が「俺はこれでいいんだ」と思える決断が最高の生き方だと全米を泣かせるくらいにここで宣言します。

 

「俺はこれでいいんだ」

 

 

会社は今日、辞めても困らない 

 まずはこれをみて欲しい。 

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もう退職願を書いたし、上司に「僕、今日で会社辞めます」のセリフも551回は練習して、さぁ辞めるぜっ!と思っても辞められる訳がない。。という方が多いハズなのに、この章では会社なんて鼻くそポイッくらいに簡単に辞められるそうだ。

まさに千載一遇のチャンスなのか猫に小判か分からんが、この章も脱力して読んだ。

 

会社はいますぐ辞められる

落ち着いて考えれば分かることだが、一つの組織から抜けたくらいで「大変なことになる」というのは、ただのデマなのである。

インターネットが登場する以前は、「会社」の向こうにしか市場はなかったから「会社」を通じてしかお金は手に入らなかったし、モノの売買にも限界があった。しかし今、インターネットの登場によって、市場はすべての人の前に開かれている。21世紀の寅さんは、トランクをぶら下げて日本中を回らずとも、自宅にいながら世界中の人達を相手に商売ができるのである。

「すべての教育は洗脳である」より一部抜粋

 

会社を辞めても昔と違ってITでいくらでも解決できるし、「働く仕事の数」で言えば、一昔の前に比べて圧倒的に増えた。

だがここで重要なのが、現代の仕事で必要なスキルを持ち合わせていないと厳しいということだ。

そのスキルとは「ITと英語、国語」だ。

会社を辞めるのにパソコンも全く使えずに日本語の読み書きも怪しいとなると、会社を辞めたところでどこも通用しないはず。

分からないことが90%以上、Google先生がいつでも無限に教えてくれるのに、検索の仕方が分からなくては詰んでいる。

そして堀江さんは「起業すればいいじゃん」とアドバイスをくれるのだが、本当に社会で生きていく能力が低い人に起業を勧めては、目の前に地雷を置いて「踏めばいいじゃん」と危ないアドバイスだ。

 

最悪、ITも英語ができないとしても、自分で考えて物事を解決して仕事ができない人間は、いまいる会社は絶対に辞めない方がいい。

 

だから僕の答えはこうだ。

「会社はいつでも辞めれるが、辞めるに行動するための自力の解決力が必要」だ。

会社を辞めるためには何をどうするか、自分で情報を集めて、行動を起こす準備をロジカルにできない限り、大半の人は簡単に辞められない。

だって、いまの会社で勤め続けるのは簡単だからだ。

「明日も会社で働くことができるのかな…」と不安で悩む人は、ほとんどいない。

人は日常と化した現実を、深く考えるのは苦手なんだ。

 

それでも会社を辞めたいなら辞めればいい。

それ以上でもそれ以下でもない。

 

 すべての人の意見に洗脳されない生き方を

堀江貴文さんの意見には一理あるし、世間の現実も一理ある。

さらに、自分の声は100理あるので、自分の好きにすればいい。

僕が高畑充希を好きなように、好きにすればいい。

 

この本の最大の教えは、物事はシンプルに「やればいいじゃん」なのだ。

最後は自分で決断するのだから、決断できない理由を考える前にやってみる。

やれない理由は本当にやりたいことじゃないから。

だったら、悩まずに行動できることから始めてみるのもアリだ。

絵を書いてみたかったら、Googleで「絵描き 必要なモノ」で検索すればいい。

入りたい企業がある就活生なら、企業の社員にアポを取って話を聞いてみればいい。

 

行動するのに安心材料としての❝情報❞を仕入れるのは大事だ。

情報が0の状態で行動に移すことができるのは、0.000000…1%くらいの人間だ。

ビジネスでも重鎮と言われる堀江さんや孫さんみたいな圧倒的な努力を積み上げた人と、いまの僕みたいな凡人界の最底辺を比べてはならない。

 

だから、自分が行動できる納得できる情報量を手に入れて行動してもいい。

そうすれば、行動するのに障害となる心のブレーキペダルも踏まずに済むはずだ。

 

「すべての教育が洗脳である」を鵜呑みにせず、自分の腹に落として人生を向上するための目的を最適な手段で生き抜いて欲しい。

 

だから僕も、明日も明後日も脱力して必死にサボることを頑張る。

ハルはる。

 

 

 ↓ 本日、好きに言い散らかした脱力本 

すべての教育は「洗脳」である?21世紀の脱・学校論? (光文社新書)

すべての教育は「洗脳」である?21世紀の脱・学校論? (光文社新書)